【年金繰り上げ・繰り下げ論争】みんな何歳から年金もらってるの?
年金は60歳から受け取るのが正解だという風潮をよく見かけますが、実際にはそう考える人がいる一方で、繰り上げ受給をしている人は30%程度いるというアンケート結果を見かけたこともあります。実際のところ、みんな何歳から年金を受け取っているのかは、意外とはっきりしません。そこで、まずは厚生労働省が公表している一次データを確認し、世の中の実態を把握したいと思います。
ネット上では繰り上げ受給と繰り下げ受給のどちらが得なのか、損益分岐点はどこにあるのかといった議論がよく交わされていますが、その前にまず皆さんが実際にどのタイミングで受給しているのかを知っておくべきだと考えています。まずは統計データを確認したうえで、それぞれの論点を俯瞰した視点で一つずつ取り上げていきます。前提として押さえておきたいのは、繰り上げても繰り下げても、年金の仕組み自体は基本的にどちらも損得が変わらないように設計されているという点です。
繰り上げ 繰り下げどちらも変わらない(1:26)
年金は非常に高度な数理計算に基づいて設計されており、多少簡略化されている部分はあるものの、繰り上げても繰り下げても受け取る総額の期待値が大きく変わらないように作られています。もちろん、税金や社会保険料といった周辺の制度が変わっていけば、それぞれの受け取り方によって多少の歪みが生じる可能性はあります。とはいえ基本的にはどちらを選んでも大きな損得の差は生まれない仕組みになっているというのが前提です。この点を踏まえたうえで、実際に多くの人が何歳で年金を受け取っているのかを見ていきます。
現状は何歳で受け取っている?(1:57)

出典:厚生労働省
まず国民年金、受給する際には老齢基礎年金と呼ばれるものについて、厚生労働省が公表しているデータを確認していきます。このデータには基礎年金のみを受給している人を抽出した表と、厚生年金保険加入者を含めた総数の表の二種類があります。厚生年金保険に加入している人は、その保険料の一部が国民年金にも拠出される仕組みになっているため、基礎年金と厚生年金の両方を受け取ることになります。一方で国民年金のみに加入している人もいるため、統計としては両者が分けて集計されているのです。
まず見ておきたいのは国民年金のみの人の受給状況です。65歳で受け取る場合を本来受給、65歳より前に受け取る場合を繰り上げ、66歳以降に受け取る場合を繰り下げと呼びますが、令和2年から令和6年までのデータを見ると、本来の65歳で受給する人の割合は徐々に増えてきています。それでも繰り上げ受給の割合は依然として高く、令和2年ごろは28%前後だったものが令和6年には23.2%まで下がってきているものの、今でもおよそ5人に1人は繰り上げ受給を選んでいます。反対に繰り下げ受給をしている人はごくわずかというのが実態です。

出典:厚生労働省
次に厚生年金の場合を見てみると、この統計は厚生年金と国民年金を合算した形になっており、本来であれば分けて見たいところですが、厚生年金加入者の総数が非常に多いため、この合算データでも大きな傾向はつかめます。厚生年金加入者に限って見ると、繰り上げ受給をしている人の割合は一気に下がります。厚生年金だけで見ると、本来の65歳で受給している人が96.9%とほとんどを占めているのです。
この数字については、以前別の動画で96%以上、99%近いという話をした際に、事実と違うのではないかと指摘を受けたことがありますが、改めてデータを確認すると、国民年金だけの人よりも厚生年金加入者の方が圧倒的に多いことを考えれば、この数字にも納得がいきます。
ただし、このデータはあくまで現在受給している人たちの総数であるため、年齢の高い層も多く含まれています。現在高齢の受給者が多かった時代は、いわゆる昭和的な家族モデル、つまり夫が厚生年金に加入して働き、妻が基礎年金のみというケースが一般的だったと考えられます。今では共働き世帯が増えていますが、現在すでに年金を受け取っている世代では、片働きのケースが多かったのではないかと推測されます。
また、結婚する際に夫の方が年上であるケースが多いことを踏まえると、厚生年金は繰り下げてでも受け取っておいた方が有利になる場合が多く、そうした事情も65歳受給が多い理由の一つになっていると考えられます。
いずれにしても、厚生年金加入者に関してはほぼ65歳で受給しているというのが実態であり、ネット上で盛んに語られている繰り上げや繰り下げの議論が、実際どれだけの人に当てはまっているのか疑問に感じるところです。とはいえ、それぞれ自分自身の人生設計に基づいて、少しでもお得に年金を受け取りたいと考える人もいると思いますので、ここからはそれぞれの論点について簡単に触れながら見ていきたいと思います。
繰り上げのメリット健康寿命(7:15)

出典:厚生労働省
繰り上げ受給を勧める人がよく挙げる論点の一つに、健康寿命があります。厚生労働省の資料によると、男性の健康寿命は72.14歳で、平均寿命は80.98歳、その差は8.84年です。女性の場合は健康寿命が74.79歳、平均寿命が87.14歳で、差は12.35年となっています。
ここでいう健康寿命とは、体に不自由がない状態を指すものですが、この言葉が独り歩きして、健康寿命を過ぎるとまるで急に不健康になるかのようなイメージで語られることが少なくありません。実際には72歳にもなれば誰でも多少なりとも体にガタが来るものであり、健康か不健康かは白黒はっきり分かれるものではなく、程度の差があるだけです。たとえ健康寿命を超えて体のあちこちに不調が出てきたとしても、普通に生活し、旅行や外出を楽しんでいる人はたくさんいます。
ここで一つ言えることは、たとえ健康でなくなったとしても生活費は変わらずかかり続けるということです。繰り上げ受給を勧める論点は、健康なうちにしかお金を使えないのだから早く受け取っておこうというものですが、その考え方自体は理解できるものであり、今を大切にしながらお金とのバランスを取っていくという考え方には共感する部分もあります。ただし、生活のベースにかかる固定費や変動費は、健康であるかどうかにかかわらず必ず発生するものです。
収入を固定費、変動費、自己投資、貯蓄投資の四つに分けて考える方法をお伝えしていますが、年齢を重ねると自己投資に回せる割合は減っていくかもしれない一方で、固定費と変動費は元気な世代であっても人生の半分近くを占める、絶対に必要なお金です。したがって、たとえ繰り上げ受給を選ぶとしても、この固定費と変動費の部分だけは年金で賄えるようにしておいてほしいと思います。
繰り上げのメリット損益分岐点(10:35)
損益分岐点という論点もよく語られますが、そこで語られる話の多くには、現在価値、つまり割引率という考え方が反映されていないケースが目立ちます。今年手元にある100万円と、来年受け取る100万円は同じ価値ではなく、将来のお金は現在の価値に割り引いて考える必要があります。これを言い換えると、早く受け取ったお金を自分で運用しておけば元が取れるという主張になります。
この主張を計算で確認すると、年金額を100として、1年遅らせるごとに108.4に増えるとした場合、100を8.4で割るとおよそ12という数字が出てきます。つまり、繰り下げた分を12年以上受け取れば、繰り下げた方が得になるという計算です。これを利回りに換算すると、おおむね4%程度で12年を超える計算になるため、早くに受け取った分を4%以上の利回りで運用できるのであれば、繰り上げて自分で運用した方が有利だという理屈が成り立ちます。ただし、早くに受け取った方がいいケースとそうでないケースがあることも忘れてはいけません。
早くにもらった方がいいケース自分自身に持病があるか(12:28)
早くに受け取った方がいいと考えられるのは、65歳や60歳の時点で自分自身に重い持病を抱えている場合です。生存率が大きく下がるような病気にかかっている場合は、平均寿命よりも早く亡くなる可能性があるため、早めに受け取って人生を楽しむという選択も十分にありえます。身近な例で言えば、父親が障害を負ってしまったケースや、家族ががんのステージ4と診断されたケースでは、実際に早めに受け取って楽しむ方を選んだという話もあります。
一方で、平均で考えれば繰り下げ受給の方がお得だという主張もありますが、平均余命はあくまで期待値にすぎません。自分は早くに死ぬだろうから早く受け取っておいた方がいいと考える人もいますが、実際にそう話している人の多くは、今のところ健康であるケースがほとんどです。
平均余命(14:23)

出典:厚生労働省
厚生労働省が5年ごとに公表している完全生命表を見ると、平均余命についてより実態に近い数字が分かります。明治時代のデータでは、65歳まで生きた人の平均余命は男性でおよそ10年、女性でおよそ11年しかなく、多くの人が75歳前後で亡くなっていたことになります。これが当時の期待値だったわけですが、直近の令和2年のデータで見ると、65歳まで生きた男性の平均余命はおよそ19.97年、つまり85歳前後まで生きる計算になります。女性の場合は平均余命がおよそ24.88年で、90歳前後まで生きる計算です。
ちなみに0歳から数えた平均寿命は81.56歳ですが、これは0歳から65歳までの間に亡くなるリスクも含んだ数字であり、すでに65歳まで生きている人は、そのリスクをすでに乗り越えているため、平均余命はより長くなります。こう考えると、持病がなく特別なリスクを抱えていない限り、多くの人は男性なら85歳、女性なら90歳前後まで生きる可能性が高く、その意味では繰り下げ受給の方がお得になりやすいと言えます。
ただし、繰り下げている間は受け取れない年金を将来のために割り引いて考える必要があり、税金や社会保険料の負担も増えていく可能性があるため、実際に元が取れるのはおおむね86歳から87歳あたりからだと言われています。
それでも老後は数十年単位で続く可能性があることを踏まえると、少なくとも固定費をまかなえる程度の年金額は確保しておいた方が安心です。特に同年代で結婚しているケースや、妻が年下であるケースでは、女性の方が長く生きる可能性が高く、夫が先に亡くなった後、妻一人での生活を年金だけで支えられるかどうかも考えておく必要があります。
住民税非課税世帯の仕組みと恩恵(17:57)
もう一つ触れておきたいのが、住民税非課税世帯という仕組みです。65歳以上の単身世帯であれば年収211万円以下、配偶者がいる世帯であれば配偶者の年収も155万円以下という条件を両方満たすことで、世帯として住民税非課税世帯に該当します。これを月額に換算すると、本人が17.5万円、配偶者が12.9万円ほどになります。

出典:LIMO
ここで平均的な年金額を見てみると、国民年金のみを受け取っている第3号被保険者の女性の平均額はおよそ月5.7万円台で、年間70万円以下という配偶者側の基準を満たしています。厚生年金を受け取っている男性の平均額はおよそ月16.6万円で、これも先ほどの基準に収まる水準です。つまり、多くの夫婦は特に意識しなくても、平均的な年金額を受け取っているだけで住民税非課税世帯に該当してしまうというのが今の実態です。
住民税非課税世帯というのは、生活保護の次に位置づけられるようなセーフティネットの一つであり、経済的に厳しい状況にある世帯を保護するための制度です。年金額をあえて減らして、繰り上げ受給によってこの基準内に収めようと考える人もいますが、注意しておきたい点があります。それは、住民税非課税世帯の基準額そのものは、物価が上がっても引き上げられる方向にはなっていないという点です。
一方で年金額は、マクロ経済スライドがあったとしても、インフレが続く限り名目額としては上がっていく傾向にあり、実際に直近では1.9%ほど増額され、基礎年金の額も7万円を超えるようになってきています。そうなると、65歳時点でぎりぎり基準内に収まるよう調整したとしても、数年のうちに基準を超えてしまい、恩恵を受けられる期間がかえって短くなってしまう可能性があります。
デフレであればこうした問題は起きにくいのですが、インフレの局面ではこの点に注意が必要です。ちょっとした調整だけで非課税世帯の基準に収まるという人であれば狙う価値もあるかもしれませんが、実際にはほとんどの人がもともと該当してしまうため、あえて基準を狙いに行かなくても大きな問題にはならないというのが実感です。
そもそも、年金というものは損得で語るべきものではないと考えています。年金は生活の基盤であり、生きている限り受け取り続けられるセーフティネットに類するものであって、投資のような損得勘定で比較すること自体が本来かみ合わない話なのです。
夫婦で厚生年金16.6万円と国民年金5.6万円ほどを合わせると月々22万円ほどになりますが、持ち家があればこれでも十分に生活できますし、持ち家がなくても住まいの条件を下げれば暮らしていけないわけではありません。ただし、夫を亡くして女性が一人になった場合は、遺族年金を受け取っても想定より受給額が下がるケースが多いため、その点は別途注意しておく必要があります。
年金は何歳まで生きるか分からないからこそ終身で受け取れる仕組みになっているのであり、その金額でどれだけ長生きしても生活していけるようにしておくことが理想です。税金や社会保険料が今後上がっていく可能性を考えるのであれば、その備えは年金ではなく老後資産として準備しておくべきものです。
医療費や介護費については、一人当たりおよそ500万円ずつ、合わせて1000万円程度を目安に準備しておければ、多くのケースで対応できると考えています。年金についてはまず生活費を賄えるだけの金額を確保することを優先し、その上で足りない部分を老後資産で補っていくという考え方が現実的だと思います。
まとめ(25:06)
ここまで統計データを確認してきた結果、多くの人が65歳で年金を受け取っており、特に厚生年金に加入しているサラリーマンについては96%以上が65歳で受給しているという実態が見えてきました。
住民税非課税世帯の基準についても、今後は対象がさらに絞られていく方向にあり、年金額だけでなく金融資産なども勘案されるようになっていく可能性があります。そうなると、繰り上げ受給によって意図的にこの基準内に収めようとしても、思うようにいかなくなるかもしれません。
何より大切なのは、受け取る年金額で実際に生活していけるかどうかという点です。年金は生きている限り受け取り続けられ、国が保証している数少ない安全な制度であり、ある程度はインフレにも対応してくれます。趣味などにお金を回す余裕がなかったとしても、最低限の生活を維持できるだけの金額は確保しておいてほしいと思います。
セーフティネットの水準を超えてまで繰り上げ受給し、そのお金を運用に回した方がいいという考え方もあるかもしれませんが、運用の成果は確約されたものではありません。安全な運用を勧める立場からしても、生活の土台となるセーフティネットを手放してまで、運用に全てを託すことはおすすめできません。
今回はできるだけ中立的な立場から、繰り上げにも繰り下げにもそれぞれの論点があることを紹介してきました。どちらを選ぶにしても、それぞれの注意点を踏まえたうえで、自分自身にとって納得のいく選択をしてもらえればと思います。
またこちらの動画「《たった1万円の差で…》年金211万円の壁とは?210万円以下の人も要注意!【2024年版】」では、年金211万円の壁に注意すべき理由や対処法、配偶者や単身者の場合の考え方を詳しく解説していますのでぜひご覧ください。





