給料が増えても手取りが減る、ステルス増税の正体

日経新聞に掲載された第一ライフ資産運用経済研究所のレポートが話題になっています。そのレポートでは、給料が増えているにもかかわらず手取りが減るという「ステルス増税」が進んでいるという指摘がなされています。

今回はその内容と歴史的背景について解説します。

ステルス増税とは(0:35)

日本の個人所得税は累進課税制度を採用しており、所得金額に応じて段階的に税率が上がる仕組みになっています。たとえば税率5%が適用されるのは195万円までといった具合に、各段階の所得金額の上限があらかじめ決められています。問題は、この金額が長年変わっていない点にあります。

インフレの影響で名目賃金は上昇しています。賃上げの動きも加わり、額面上の給与は増えていますが、実質賃金は下がっています。名目賃金が上がると累進課税の税率区分が上のランクに移ってしまうため、実質的な増税が起きているというわけです

出典:第一ライフ資産運用経済研究所

2019年から2025年にかけての変化を調べたこのレポートによると、実効税率はわずかながら上昇しています。足元では基礎控除や給与所得控除の引き上げという減税措置も行われましたが、それを加味しても増税傾向は続いています。年収区分別に見ると、200万〜400万円の層では0.1ポイント、400万〜600万円では0.3ポイント、600万〜850万円では0.9ポイントそれぞれ実効税率が上昇しています。一方、2000万円を超える層については逆に実効税率がわずかに下がるという興味深い結果も示されています。

所得税がかかっていない非課税の方は人口の約50%を占めており、課税されている方のうち税率5%の区分にいる人は約25%、つまり課税対象者の約半数が最低税率帯にいます。2019年時点では課税対象者の60%が5%の税率区分でしたが、2025年には52.8%まで低下し、10%や20%といった上位の税率区分にいる人の割合が増えています。これがまさにステルス増税の実態であり、この現象は「ブラケットクリープ」と呼ばれています。

ブラケットクリープ現象に対する指摘(8:12)

ブラケットクリープに対しては、いくつかの観点からの批判や擁護論が存在します。まず一つ目は、名目賃金が上がっているのだから納税能力(担税力)も上がっているという主張です。ただし、これが成立するためには実質賃金も上昇していることが前提であり、実質賃金が下がっている現在の日本ではこの批判は当てはまりません。

二つ目は、ブラケットクリープによって累進性が強化されるという見方です。所得が上がった人には相対的に高い税率が適用されることになるため、社会全体としての所得再分配機能が高まるという考え方です

三つ目は、財政の自動安定化機能という観点です。名目所得が増えて税収が増えることで、可処分所得の伸びが抑制され、景気過熱やインフレの加速を自動的に抑える効果があります。実際に1970年代の高度経済成長期には国内外でインフレが激しく、ある程度のブラケットクリープはむしろ必要だという見方が主流でした

四つ目は、増税や減税は民主的なプロセスで決めるべきであって、機械的・自動的に行うべきではないという立場です。インフレ率に完全連動させてしまうと、インフレ抑制効果が失われるうえ、景気刺激のために毎年減税を行わなければならないという状況になりかねません。

高度経済成長期には初任給が数年で倍になるほど所得が増え、それに伴って物価も上昇しましたが、そのような時期にも減税が繰り返されていました。そうした歴史の中で、政治的な混乱を避けるためにも税率テーブルは固定しておき、適切なタイミングで見直すという方向性が現在の主流となっています。

実質賃金が上がっていないという点がすべての問題の根源であり、その状況でステルス増税が進んでいるという指摘は正当といえます。円安による物価上昇や金利政策の効果についても複雑な要因が絡み合っており、単純に解決できる問題ではありません。

基礎控除が低すぎる(15:15)

個人的な意見として、現在の基礎控除は低すぎると感じています。最低限の生活を送るために月15万円は必要だとすると、年間180万円の基礎控除が必要です。さらに働くために必要なスーツや交通費などを考えれば、給与所得控除も不可欠です。低所得層に対する税負担はもっと軽減されるべきでしょう。

ただし、所得税を下げても社会保険料の負担は下がりません。社会保険料の問題も合わせて解決しなければ、若者の手取りは増えません。一方で高所得者に対しては、現状では2000万円を超えたあたりから実効税率が下がっていくという歪みがあり、もっと上の所得層にもしっかりと累進課税が機能するような制度設計が求められます。

富の再分配が機能しなければ、子育て世代や若年低所得者層の生活は改善されず、少子化や偏った金融商品への投資といった社会的な歪みにもつながっていきます。高市政権が推進しようとしている「給付付き税額控除」は、最終的な手取りの出口を揃えるという意味では一定の合理性があります。ただ現行の基礎控除額では生活が成り立たないのも事実であり、少なくとも180万円までは非課税とすべきという考えは変わりません。

ブラケットクリープは残しておいた方がいい(17:32)

こうした問題を踏まえても、ブラケットクリープの仕組み自体は一定程度残しておいた方がよいと考えています。インフレ率に完全連動させてしまうと、給与計算や税金計算が非常に複雑になります。基礎控除額が毎年変わるようになれば、多くの人がその金額を把握しきれなくなります。また、インフレの測定指標をCPIにするかコアCPIにするか、賃金上昇率やGDPデフレーターにするかによっても結果が変わり、世帯収入によって体感するインフレ率も異なるため、一律の調整は現実的ではありません。

現実的な解決策としては、税率テーブルを固定したまま定期的に見直す仕組みを法律に明記しておくことが考えられます。今回のレポートが問題にしているのは、10年間にわたって見直しがなされていない点です。5年ごとに見直すといったルールを設けることで、硬直化を防ぐことができます。また、累進性をより強化するという方向性も一つの選択肢です。かつて日本には19段階の税率区分があり、最高税率は75%にも達していました。現在はそれよりもはるかにシンプルな構造になっており、再設計の余地はあります。

まとめ(20:02)

今回の日経新聞やレポートの指摘は、個人所得税の累進課税テーブルを変えない限り、名目賃金が上がるにつれてステルス増税が進むというものです。「ブラケットクリープ」という言葉自体は以前から存在しており、歴史的にも批判と擁護の両方の立場から議論されてきました。

過去には固定テーブルのまま定期的に減税を繰り返す時代もありましたが、それが高所得者優遇につながるという批判から現在の制度へと変化してきた経緯があります。法人税を減税しても賃金は上がらず、高所得者を減税しても社会全体は豊かになりにくいという教訓も、その歴史の中にあります。

本質的な問題は所得税の税率テーブルではなく、実質賃金が上がっていないこと、基礎控除が低すぎること、そして社会保険料の負担が重すぎることにあります。ブラケットクリープを批判するよりも先に、基礎控除の引き上げと社会保険料の適正化という根本的な課題に取り組むことが優先されるべきではないでしょうか。

またこちらの動画「【要注意】消費税0%で逆に「値上げ」!? 食料品非課税が家計を破壊する衝撃のカラクリ」では、食料品の消費税0%が招きうる“ステルス値上げ”の仕組みを解説していますのでぜひご覧ください。

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